「出版社はどうやって立ち上げるのですか?」メディアオーナーに聞こう!一人目:鈴木収春氏(クラーケン編集長)
2019年3月17日
世界一の古本街・神保町から「未来を面白くする」コンテンツを、書籍に限らず発信している出版社のクラーケン。
今回は、クラーケンの共同代表・鈴木収春(すずき・かずはる)さんに、出版に携わる経緯から出版社設立や運営についてインタビューさせて頂きました。
鈴木収春さんは、講談社客員編集者を経て、現職。東京作家大学などで講師としても活動されておられます。
ご担当された著書の一部をご紹介すると、ドミニック・ローホー『シンプルリスト』(講談社)、関智一『声優に死す』(KADOKAWA)、那須川天心『覚醒』(クラーケン)、QuizKnock『東大発の知識集団QuizKnockオフィシャルブック』(クラーケン)など。
自分の本を出版したい! という方から、出版社を立ち上げたい! という方まで必見の内容です!
出版に関わる仕事のキッカケ

ーーー鈴木さんが出版に関わるお仕事をしようと思ったきっかけはあったのですか?
学生の時に、当時少し流行っていたオンライン古本屋を趣味で運営していたのですが、店主として『ダ・ヴィンチ』に掲載してもらったことがありました。
学生だったからか、担当編集の方が他の出版社の編集者を何人か紹介してくれて、そこからフリーライターとして、雑誌に原稿を書かせてもらえるようになりました。いま考えると無謀なのですが、その後は就活しないまま卒業してフリーライターの仕事を続け、少しずつ編集の仕事も覚えていった感じです。
ーーーオンライン古本屋がきっかけだったのですね。
2000年前後の、個人がHTMLの手打ちやホームページビルダーでサイトをつくっていた頃で、北尾トロさんの『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』(風塵社)という本が話題になって、ネットで古本を売るのがちょっとしたムーブメントになった時があったんです。まだAmazonも日本に上陸していませんでした。
北尾トロさんや元ユトレヒトの江口さん、いまはリアルな古本屋店主となっているオヨヨ書林の山崎さんらと一緒に「ふるほんず」という草野球チームをつくるなど、みんな仲が良かったです。
なお、ガソリンスタンドオーナーたちの草野球チームと練習試合をした結果、コテンパンにやられてふるほんずは解散しました。

ーーー(笑)。本と関わっていくなかで、コレが本業だとなるような、のめり込むきっかけってあったりしたのですか? 例えば手がけた著者の方がヒットして面白くなったとかですか?
原稿を書き始めた頃は、自分の名前がクレジットされた雑誌が書店に並んでいることに、やはり感慨深いものがありましたよね。
ただ、書籍編集のほうが適性があったのか、そのうちライターの仕事よりも比率が高くなっていきました。
書籍を生業に

ーーー書籍を手伝いだしたのは何歳の頃でしたか?
初めて部分的に書籍編集を担当したのがコラムニスト・ブルボン小林さんの『ジュゲーム・モア・ノン・プリュ』(太田出版)で、日付を見ると2004年12月発売ですね。ということは、24歳前後でしょうか。
ブルボンさんと一緒に本を盛り上げるための企画を考えさせてもらって、青山ブックセンターで開催した発売記念イベントは当時の動員記録を更新。本も増刷して、書籍の楽しい部分を一挙に経験できました。
書籍の良いところは、やはり増刷があるところでしょう。著者の方たちもそうだと思いますが、増刷が決まった時の多幸感は他に代えがたいものがあります。
ーーーその多幸感というのは、ご自身が手がけた書籍が認められた! 売れた! みたいなものですか?
誰かが「出版社の営業が見込んだ数字を世間のニーズが上回った証」と増刷を定義していたのですが、スノーボードの国母選手の言葉を借りれば「やってやったぜ」感があります。
クラーケン設立と著者を選ぶポイントについて

ーーー今、クラーケンでは年間で、どのくらいの出版を手がけてらっしゃるのですか?
これまでは平均すると年間5タイトルくらいです。今年度は20タイトル弱を出版予定なので、規模は拡大していますね。右肩上がりの業界ではないので、どれくらいの規模でバランスさせるかは考えねばなりませんが。
ーーー著者の方には自分から声をかけられるのですか? 向こうから来たりするのですか?
両方のパターンがありますが、割合としてはこちらからアプローチさせていただくことがほとんどです。
ーーー声をかける決め手があったりするのですか?
これからさらにブレイクしていくに違いないと思った方に、オファーさせていただくことが多いです。タイミングが遅いと争奪戦のようになるのですが、ブレイク前夜なので、弊社が最初の本のオファーだった、ということが多いです。
ブレイクしてからオファーに行くというのは、正直、誰でもできてしまいます。もっとも安易なのが売れた著者の2冊目を取りに行くパターンですが、そこに仕事的な魅力は全く感じません。
ーーーブレイクしそうな人って交友関係で探されるのですか?
交友関係がなくても、自分が追っている分野であれば誰でも自然とわかるはずです。例えば僕の場合だと、以前、須藤元気選手や長島☆自演乙☆雄一郎選手の本を担当していたので、格闘技に関する情報は定期的にチェックしていました。
自演乙選手はまだ現役ですし、地上波放送がなくなり人気が下火になっていた時代も、主な団体の試合結果やインタビューなどはよく見ていたんです。だから、那須川天心選手というキックボクシング史上最高傑作と呼ばれる“神童”が現れたのは、だいぶ前から知っていました。
とはいえそれまでは映像のみで、初めて生で試合を観たのが2016年12月。そもそも会場には自演乙選手の応援で行ったのですが、天心選手がムエタイの現役王者を一撃KOするシーンに衝撃を受け、翌月には書籍をオファーしていました。
早送りのようなスピードなので、映像で観るよりも試合のインパクトがすごかったですね。当時ももちろん人気でしたが、スター性がずば抜けていて、明らかに過小評価されていると感じました。
その後の天心選手の大ブレイクはご存知の通りですが、2017年1月の時点では、書籍のオファーは初とのことでした。天心選手の自伝『覚醒』は現在3刷とロングヒット中で、初年度のクラーケンを代表する書籍になっています。

ーーー例えば、本を出したい人が出版社に声をかけられたい場合、その分野でコツコツやり続けることが大事という感じですか?
本出したいのであれば、積極的に作品や情報を発信をしているほうが有利なのは間違いないです。発信をしてくれていないと、どんなに魅力的な作品でも、編集者たちは見つけようがありません。
出版社に原稿を送るのではなく、小説であれば投稿サイトなどで発信して支持を得ることが出版への最短距離になるのは、これからも変わりはないと思います。
ーーー出版社を経営するようになって見えてきたことは?
ビジネスとしては、不要なコストを削れば少部数でも十分利益が出せるということです。また、ヒットした時の利益率は高い業界なので、数百万円でできる起業として見ても、魅力はあると思います。
筋を通せば無名の出版社でも良い仕事ができるのは間違いないので、収益性よりもそこに惹かれる人が多いのではないでしょうか。
ーーークラーケンさんはブログやSNSでも発信されていますが、書籍はネットショップで販売されている形ですか? ネットを使って売れるのはAmazonでしょうか?
オンラインショップではサイン本を中心に販売していて、出せば即完売というかたちが続いています。
2018年の販売実績はAmazonが5700冊で、2位の楽天ブックスと比較してもダントツではありますね。ただ、比率で言うと、リアル書店のほうがまだまだ数が多いので、やはり書店はすごいなと思っている次第です。
出版を目指す方へ

ーーーこれから出版社を立ち上げたいという個人の方に対してのアドバイスがあれば頂けますでしょうか?
新規出版社との口座開設に積極的な取次や、ぼったくりをしない流通代行が出てきたので、いま、出版社は立ち上げやすい状況です。具体的には、日販IPS(流通代行)、JRC(取次)、トランスビュー(直取引代行)のいずれかと契約して小規模な出版社を立ち上げる人が増えてきています。
弊社で不定期に開催している「フリーライター&編集者のための出版社のつくりかた講座」ではシミュレーションも公開していますが、ひとり出版社であれば、4000部の本を年に4冊でも400〜500万円くらいの粗利を上げることが、理論上可能。
流通代行を使うなら受注も代行してくれるので電話番も不要です。兼業で出版社をやる方が増えていくと思いますし、そのようなスタンスでやるのもおすすめです。
クラーケンもスタッフは全員、ガチャガチャの営業だったり広告の編集制作だったり、別の本業といえる業務がありますから。シナジーというか、本業と出版が結びつくこともよくありますね。
クラーケンの今後

ーーークラーケンの今後をお聞かせください。
いまより規模は大きくなっていくと思いますが、当面は売上1億円くらいでバランスさせることを考えています。
売上はバランスさせつつ、流通面や制作・展開面を日々改善していきたいです。流通面では、現在はメインでトランスビューに流通を代行いただいていますが、実績ができてきたので取次と話す機会も増えてきました。
制作・展開面では、アウトプットは当初から書籍に限っていないので、例えば、本では収支がトントンだけどグッズがそれをカバーする、みたいなコンテンツも将来的には出てくると思います。
出版する本のジャンルのカオス感はこれからも変わらなそうです。小さな総合出版社・クラーケンが少しでも気になった方は、ぜひ弊社の本を手にとっていただけると嬉しいです。
鈴木収春(すずき・かずはる)
講談社客員編集者を経て、2010年、出版エージェンシー・クラウドブックスを設立。ドミニック・ローホー『シンプルリスト』、須藤元気『今日が残りの人生最初の日』などを担当。2017年、ホビーメーカー・ケンエレファントと共同で出版社・クラーケンを立ち上げ、編集長に就任。夏生さえり『口説き文句は決めている』、那須川天心『覚醒』、和田裕美『ぼくはちいさくてしろい』、QuizKnock『東大発の知識集団QuizKnockオフィシャルブック』等を手がける。出版業の傍ら、東京作家大学等で講師も務める。
取材:福田基広、松井脩将(株式会社ふたつぶ)
編集:山藤紗名英
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